選択的シングルマザーになるまで

選択的シングルマザーになるまで

選択的シングルマザーという言葉を初めて聞きました。

私は半分くらい、そのカテゴリーに属するようです。

結婚はしなくてもいいけど、子供のいる人生にしたい。と思ってましたが、子供だけ授かる方法がわからず、しょうがないので結婚しようとしていたので「半分くらい」って感じですが、自分の意思で結婚をやめて、みずから選んでシングルマザーになりました。

※子供について、慣例の日本語で「欲しい」「もらう」「持つ」「作る」などの表記をしている箇所がありますが、子供を物のように思ってはいません。ストップ言葉狩り。

選択的シングルマザーになるまで

結婚願望がありませんでした。

もともと結婚に対してあんまりポジティブなイメージがなかったので、
中学か高校生の頃から「わたし、結婚しないんで。」と公言していました。

→結婚願望がありませんでした。

子供は欲しかった

結婚しない、と言ってるくせに、20代の終わり頃から、子供との生活をかなり強く望んでいました。

→生きる目標のために子供が欲しかった

「パートナーに出会えたら結婚して、その生活の中で、授かることが出来たら子供が欲しいなあ」というような、「流れの中で、授かれば欲しい」という考えの人たちが世の中の大多数だと思いますが、私はそうではありませんでした。

もう一歩踏み込んで、「子供と生きる人生にしたい」と、けっこう強めに思ってました。
なので、「母になるためには、何をすればよいか」という、「行動」について考えていました。

30代のはじめに「卵子は老化する」ということを知ったので、タイムリミットについては絶望も感じていました。

「焦り」という言葉ではなまぬるい。「絶望」です。


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お母さんになりたい

養子でもなんでも、子供が欲しかった。

子供のいる人生を望むうえで、「自分の遺伝子を持つ子でなくてはいけない」という思いはまったくありませんでした。

そこで養育里親についてのことを色々調べましたが、里親になるには必ず成人のパートナーがもう1人以上必要であるという条件があり、私にはそのハードルが高かったので、まずは自分の卵子がまだ育ちそうなうちは自分が産むことを考えよう、と決めました。

あんまりよく覚えてないんですが、友人の話によると、30代前半のころの私は、
「卵子を凍結保存したい」とか、
「渡米して精子を買いたい」とか、話してたそうです。

そんなこと、言ってたっけ・・・。言ってたような気もする。何言ってたんだおれは。

どんなに貧困でも自分の産んだ子なら1人で育ててOK、子供を育てられる所得があっても他人の産んだ子の里親になるのはNG。
この決まりって、子供のために全然よろしくないんじゃね・・・?と思うのですが、きっと「とりあえず自分が産んだ子に責任持て」という法律なのだろうな、と解釈することにしています。
なんだかなー。

未婚の妊活

産める状態でいることを考え、基礎体温を測っていました。

私は周りから聞く話と比べると生理が軽いので、「もしかして排卵してないんじゃないのか?」と心配になり、測ることにしたのですが、体温のグラフをつけてみたら一応きちんと周期があったので大丈夫そうでした。

2年ほど記録をつけると、自分の妊娠できそうな日がわかってきました。

(その後の、卵子だったぴのこが受精した日は自分で計画しました。)


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子種をどうするか

子種という言い方は雑ですが、あえて使用します。

子供を望むうえで、自分の排卵のほかに1番困難な点は「どこから精子の提供を受けるか」だと思います。

子供を望んでも、1人では子供を持つことはできません。

そして、きちんとした(倫理観のある、賢い)男性ほど、安易に女の人を妊娠はさせません。

結婚を経由しないと、「ちゃんとしていない=割と非常識的な男性」の遺伝子をもらうことになります。

結果的には、私の場合は自分の周りで、未婚で、子供を望んでいる男性を探しました。

そして結論をいうと、「子供欲しい、でき婚最高」とか言っていた(本当にこのまんま言ってました。)割と頭の悪い男性の子種で妊娠しました。

正直そこは残念ですが、選択肢が少ない中で子供を持てる道を模索した結果なので、仕方なかったと思っています。

一般常識の壁を越える

結婚したからといって無責任なのや、モラハラなのや、ただのでっかい息子なのもたくさんいるということは後で知っていくのですが、少なくとも日本では婚姻前の妊娠は「ちゃんとしていない」と考える大人がたくさんいます。
私もそう思っていました。

しかし。

できれば私も世の人と同じように結婚や出産を自然の流れでしたかったのですが、そういう機会がないまま30代になっていたので、もう恋愛と結婚と妊娠という段階を全てクリアしていける時間がなくなっていました。

また、クリアできる自信は最初からありませんでした

もうどれかの条件をなくして、ハードルを少しでも下げるしかありません。

何を優先したいのか?を考えた時に

Neco
Neco
まず子供だな・・・。

という自分の中ではシンプルな回答にたどりつきました。

なので、世間の常識の壁を超えても産みたいんやー!!という強固な意志があった、というわけでは決してなく、追い詰められて、気がついたら常識という壁など見えなくなっていた、という状態だったと思います。

恋愛して、結婚して、なんて悠長なことは言っていられません。夢か。

恋愛も結婚も普通にできた人からしたら、この考え方は怖がられるかもしれませんが、

「子供は欲しいけど、そこまでの段階が厳しい」と思う方はわりといるんじゃないでしょうか。

恋愛や結婚はいくつでもできる(人もいる)けれど、出産にはタイムリミットがあります。

それぐらい追い詰められていたので、人に何言われようが関係ない。というところに着地しました。



余談

ちなみにですが、世間の人にはほぼ、何も言われません。
産んでからわかったことですが、未婚非婚で産んでいることは、自分から進んで口外しない限り、ほぼ誰にもバレません。

別に隠してないのでバレるという言い方も変ですが、世間体を気にされる方も、そこまで心配は要らないです。

必ず知るのは産院と役所ぐらいで、そこの人たちはたくさんのケーススタディを知っているので別に気にしなくて大丈夫です。

ただし東京23区内に住んでいる場合です。

噂好きな田舎に住んでいるケースだと何かあるかもしれませんが、適当に「離婚した」ぐらいに言っときゃいいんじゃないかと思います。
自分の生活助けてくれるわけでもない人たちになんでも正直に話す必要ありません。

誰でもよいのか

子種とか精子とか言ってる時点で、男性の人権が存在していないので、では誰でもよかったのか?という話になります。

これは大変なセクハラになりうる言い方かもしれませんが、お付き合いしている相手がいなくて、
「子供が欲しい」とまず考えてのことなので、生物学的にというか、子供を望む材料として子種と呼んでいます。
ご了承ください。

で、誰でもいいのか?問題ですが、結論をいうと「倫理的にOKなら誰でもよい。」でした。ざっくりですが。

自分でも「なんか私ちょっと怖い人」という自覚はありました。

お付き合いしている人がいれば何も問題はなかったのですが、いないので、条件に合えばOK、という思考になります。既婚者は除外とかそのぐらいの。

私のそんな思考が少数派であることは自覚していたので、表には出さずに、1人で排卵日を測ってはどうしようかなーと思案していました。ますます怖い。

「私の人生、私の子供」という想いはエゴの塊ですが、

Neco
Neco
子供が欲しいってエゴはそんなに悪いこと?

ぐらいに開き直ることにしました。

私の母だって、自分の人生を飾るために子を産んだ。子供が好きではないのに。
子供なんてみんな親のエゴで生まれると思っています。
産んでくれてありがとう。生まれてきてよかった、なんて私は思ったことがありませんでした。
そういうきれいごとを言える人は気持ちが悪いです。

ぴのこが生まれてみてはじめて、私は自分が生まれてよかったと思ったのですが。

子種については、そりゃあ誰でも良いというのは言い過ぎですが、「優しくて、尊敬できて、美しい顔で」のような若い子のような理想はすべて捨てました。
ただ。「子供を望んでいる人」と付き合おうと思いました。

そもそも、付き合う条件って、私何様なんだよって話なので、贅沢は言えません。

なので、「誰でも良くはない」といいながら、「倫理的にOKなら誰でもよい」でした。

渡米して精子を買いたいと思う時点で、日本の法律では倫理的にもアウトです。

ただ、精子が必要ですとは言えないので、結婚や子供を望んでいる人を探して、たまたま周りにその条件の人がいたという結果論です。

探せばだいたいいるんじゃないかと思います。

なるべくしてシングルマザーになった

そんな過程だったせいで、最初から結婚についての計画が甘かった、というよりなかったので、結論を言うと妊娠後に相手とは喧嘩別れをしました。

私自身が子供を持てることのほうが嬉しくて、もともと気が進まなかった結婚をやめることにあまり迷いがなかったということが最大の原因だったと思います。

喧嘩の内容は、どこの彼彼女もご夫婦も普通にする程度のことでした。

それまでの私なら「ここは私が謝って早く仲直りしよう」と思えていた程度の喧嘩でしたが、なぜか妊婦になったとたん、

「あれ?・・・私、この人に一生謝って、ご機嫌取って生きていくの、いやだな?」

ということにうっかり気づいてしまいました。

そのうち

「あれ?・・・結婚のこと考えると、私まったく幸せじゃない…。」

「なんか、この結婚から、逃げたい…」

と考えるようになり、相手に連絡するのをやめたところ、相手からもなんの音信もなかったので、そのままになりました。

別れ話もしていない。

相手はどう思っていたのかは、私にはわかりません。

どうしていいのか、わからなかったのかな~?とは思うのですが、

いい年した大人(当時37)が、人1人妊婦にしといてどうしていいかわからないでもなかろう。

Neco
Neco
ちょっとは自分の頭で考えろ。

と腹立たしかったのもあり、割とせいせいして1人で産むことに決めました。

妊娠初期に音信不通という時点で
この人、いらないや。
ということにもこれまたうっかり気づいてしまったのですが、

妊娠できたことのほうが嬉しくて、結婚をやめることはもはやあまり問題ではなくなっていました。

ちなみに相手については、
一応それまでは友人というか先輩後輩として、仲間うちでごはんを食べたり出かけたりしてきた期間がある人でした。
10年以上。
なので性格についてはまあまあ理解していると思っていました。
そして割といい人だと思っていました。

ところが。1対1の付き合いになると全然違いました。
相手を見てた期間って割と関係ないのかなと思いました。
結婚しているみなさん、よくやってるな。


顔で選んだダンナはモラハラの塊でした

私の場合は、わりとあっさり「結婚やめよう。1人で産むわ」と思えたのですが、
「まず子供が持てたら幸せ」ともともと思っていた、というのが大きいです。

それまでの数年間、「私はこのまま、子供を持てずに老いて、死んでいくのかな…」と絶望していたので、その期間に比べたら、お腹に命があることがそれはそれは幸せでした。

絶望期間で幸福を感じる閾値がだだ下がっていたのだと思います。

妊娠する前と後では、地獄から天国みたいな感じでした。

妊娠のことは自分の親と姉妹にもしばらく話さなかったので、初期の妊婦期間を本当に1人ぼっちで過ごしましたが、お腹にいるベビ子(ぴのこの胎児ネーム)の存在がそれはそれは嬉しくて、不安はほとんどありませんでした
1人ぼっちといいつつ、もうひとりぼっちじゃない。

会社と、高校の後輩に、母子家庭育ちのとてもしっかりした仕事のできる子たちがいるのですが、その子たちから「大丈夫ですよ^ ^」という話を聞くこともかなり励みになりました。

こんなかんじで、自分は選択的シングルマザーだったな…と思います。

まとめ

非婚で産むことを選択する人たちの事情は人それぞれ、たくさんのケースがあると思います。

私の場合は、「まず子供を望んだこと」から始まり、「結婚してもいいと思えるほどまでは相手のことを好きではなかったこと」で至った選択だったかなと思います。

みなさん本当に好きだからこそ結婚のリスクも乗り越えられるのだと思いますが、私は越えようという挑戦を早めに放棄したのかなと思います。


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